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1954年、ここから始まった外国との出会い

始まりは戦後まもないアメリカ統治下時代、ステージはライカム(旧コザ)

1945年4月1日、アメリカ軍は沖縄本島の北谷、読谷海岸より沖縄へ上陸。 上空より最もライフラインのしっかりした場所を探し、琉球軍指令部(Ryukyu-command)を設置したのがその名もライカム(RYCOM)と呼ばれる沖縄市南玄関口エリア。 現存する泡瀬ゴルフ場、ライカムハウジングエリアは今も当時の姿を残し、フェンスの向こうにはまるでカリフォルニアのような広々としたグリーンが続きます。

OLD PHOTO02 戦後何もかも失った沖縄の人々にとってアメリカ人のライフスタイルはそれこそ驚きと憧れと夢のようなシーンに写ったに違いありません。一方、当時の沖縄には当然ながらアメリカ人の生活を充足させるものはありませんでした。在住する外国人、家族が増えるにしたがってそのニーズはどんどん高まり、1954年7月4日 アメリカ独立記念日、ライカムエリアに華々しく誕生したのがプラザハウスショッピングセンターです。

ロージャースオープンの時

ロージャー・C・ウイリアムズ1950年8月。 創立者ロージャー・C・ウイリアムズは、東京都港区芝田村町に化粧品、ジュエリー、プレタポルテ、シューズなど多彩なインポート商品を取り揃えたロージャースを開業。マッカーサー夫人をはじめ軍高官夫人、皇族、財界人、芸能人など多数の方々が来店され、国際色豊かなロージャースの基礎を確立しました。その後、ロージャースは米軍基地の中心であった沖縄のコザ(ライカム)に移転。そこにはすでにレストラン、ギフトショップの営業をしていたプラザハウスがあり、2つの店舗の間を連ねるように新しい店が立ち並び、現在のプラザハウスショッピングセンターの原型が誕生しました。

感じる老舗のモダニズム

 店舗の前に広がる大きな駐車場、沖縄の強烈な陽射しを避ける低くて深い庇、人々をリズミカルに回遊させるジグザグの店の並びは当時からまったく変わらず…。日本ではじめての典型的なアメリカ型モール、モダンな建築構造は沖縄でもシンボリックな存在として多くの人に愛されています。プラザハウスとロージャースを繋ぐ回廊にはギフトショップや当時では珍しいレコードショップ、アメリカ製の家電販売店、そしてJALをはじめとする航空会社の沖縄支社が軒を連ねていました。

ケントやマルボロ、レミントンタイプライター、マンシングウエアなどアメリカの代名詞といえる様々な商品をはじめ、翡翠や象牙、化粧品、ウイスキーなどの嗜好品が店頭に並び、多くの在住する外国人が足を運びました。
誰もが片言の英語を話し、どこよりもグローバルだったあの時代。ノスタルジックなシーンは確実にここでおきた時間のメモリー。