2010年08月10日

トリビアの家、プラザハウス編vol.2

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インドの木像です。貴族のシャルマさん。3階のインド料理の店、クリシュナの前にいつも立ってます。ちなみにクリシュナは沖縄で五本の指に入るといわれています。
(3Flクリシュナ前)












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どこかの国の、何とかという島にそっくりな形です。
築56年の建物だし、陽射しも強烈なので、ペンキも痛みやすいのです。
(1Fセニョールターコ左脇)












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琉球石灰岩を刻んだ石造りの灯籠が夜の足元を優しく照らします。
(1F月苑飯店前)












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これは世界的な筆記具メーカーのシンボルマークですが、この上に立ってある言葉を唱えると床下から眩しい光が立ち登り、行きたい場所に飛び立てる魔法のマークだと、近所の子供たちの間で噂されたことがあるそうです。
(1FロージャースARENA内)












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小さな小さな池には丸い石玉が浮かんでいます。
この玉を優しく優しくなでてあげると願い事が叶うかもしれません。
(1F COLONY前)












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オフホワイトに可憐なピンクのシングルソファ。
この椅子にはご夫人に付き添っていらした気の優しい男性がよく座っていらっしゃいます。
ロージャースのオリジナルソファで、非売品ですが、購入したいという方が少なくありません。
(1F ロージャースPASSAGE内)












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タコスといえば同じ沖縄市のチャーリータコスや宜野座のキングタコスが知られていますが、プラザハウスのセニョールターコも地元のファンが少なくありません。タコスやタコライスはもちろんですが、インチラーダも絶品で、この写真を撮影したデザイナーをはじめとして、社内ファンが多いのです。
(1F セニョールターコ)












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コンクリートでできたオッピングセンターの中には木製のプッシュカートのショップの他に
こんな小屋が建っています。可愛い妖精たちのための白い家。キネンッ撮影の場所としても親しまれています。
(3F 美容室ラフォーレ右15m付近)












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オープンに合わせてバリ島の石工にお願いしてオーダメイドで掘ってもらったというこの彫刻はL字型をしています。そして角に継ぎ目がありません。
(2F ACUTE内)


2010年08月09日

トリビアの家、プラザハウスvol.1

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1954年のオープン当時そのままに、レンガがいまなお剥き出しで残っています。
(1F ロージャースARENA内)








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1950年代の街並や人、施設を移した古い写真が飾られた回廊。
(1FロージャースJARDIN内)








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このサインは何を表すものかわかりますか?
(ショッピングセンター内に数カ所あります)








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ショッピングセンターの天井は青空です。
(2Fの北の広場から眺めた空)








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秋から春の晴れた日には陽射しを浴び読書をしたり、考えごとをしたり、うつらうつら昼寝を楽しんだり。自由な時間を過ごすことができる広場が2階にあります。
(2F南の広場)








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センター内には生き生きとした草花が息づいています。2階の南の広場に配置された植栽は英国王立園芸協会会員の伊波京子さんが手掛けています。
(2F南の広場)








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沖縄のあちこちで見かけるこちらの花はプラザハウスの「園芸員」が日々世話をしています。
(各フロア)








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インドネシアのジャワ島の近くにあるマドゥーラ島付近で作られた、ウッドカーヴィングのこの大きな箱は三階に飾られています。一見コフィンンも見えますが実は違うのです。なんだかわかりますか?
(3Fグローバルギャラリー前)








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設立時のシンボルカラーを引き継ぐネオンサイン。プラザハウスショッピングセンター設立時のオーナーは香港企業だったことから、コーポレートカラーはマンダリンオレンジでした。
(国道沿いパーキング)




(続きを読む)

2010年08月03日

だからあなたを待ってます。

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毎日何かが変わっています。
昨日も今日も明日もどこかで何かが起ります。


あなたが何かに驚く時、私は何かに怒り、
私が何かにときめくとき、あなたは何かに涙します。
そうやって、人は生まれ大人になって、そして、誰かを愛おしく思うのです。

望まれない変化があり、待ち焦がれた変化がある。
自然な変化があり、意志による変化がある。

そうやって、人は生き、プラザハウスは、56回目のアニバーサリーを迎えました。

この56年間、星の数ほどの出会いがありました。そして、その一つ一つがわたしたちの宝ものです。嬉しいこと、戸惑うこと、そして、悲しいことも。

ときめきと感動をあなたに。
時が流れても、見た目は変わっても、生き続けている思いです。


時は流れ、人は歳を重ねます。
樹木は根を深め、枝を広げます。
そして人はいたわりを知り、輝きを深めます。


Only aging brings us the best beauty.
歳を重ねることでしか得られない美がある。


少しばかりのときめきと今日一日の笑顔をあなたに届けたい。
言葉や写真では伝えられないことが、たくさんある。
だからあなたを待ってます。

この場所で今日も、そして明日も。

ライカム、ウェルカム

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1945年4月1日、米軍は沖縄本島の北谷、読谷海岸より沖縄へ上陸してきました。上空より、最もライフラインのしっかりした場所を定め、米軍の琉球軍司令部(RYUKYU COMMAND) を設置したのが、その名もライカム(RYCOM) と呼ばれる沖縄市の南の玄関口にあたるエリアです。


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現存する泡瀬ゴルフ場、ライカムハウジングエリアは今も当時の姿を残し、フェンスの向こうには、まるでカリフォルニアのような広々とした芝生のグリーンが続きます。
アメリカ人のライフスタイルは、戦後何もかも失った沖縄の人々の目に、それこそ驚きと憧れと夢のようなシーンに写ったに違いありません。


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アメリカの眩しさがプラザハウスの眩しさでした。

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日本初のショッピングセンターと言われている玉川高島屋がオープンしたのは1969年のこと。
それをさかのぼること25年、本当のルーツともいえるのでしょうか、日本ではじめてショッピングセンターが沖縄市に誕生しました。


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店舗の前に広がる大きな駐車場。米軍占領下に誕生した典型的なアメリカ型モール。沖縄の強烈な陽射しを避ける低くて深い庇、人々をリズムカルに回遊させるジグザグ型の店の並びはあまりにモダンで当時の人々を魅了しました。

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プラザハウス(ショッピングセンターと同じ名前の直営店)とロージャースをつなぐ回廊にはギフトショップや当時では珍しいレコードショップ、アメリカ製の家電販売店、そしてJALをはじめとする航空会社の沖縄支社が軒を連ねていました。


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当時そのままのモダンな建築構造は本島中部のランドマークとして多くの人々に愛されています。